銀座いなり探訪

銀座いなり探訪

銀座いなり探訪 第6回 歌舞伎稲荷

歌舞伎座は、伝統芸能の歌舞伎を毎月上演している日本を代表する劇場。
建て替えにより近代的な設備が整った建物に
生まれ変わりましたが、破風が印象的なファサードなど歴史的なビジュアルを残しています。歌舞伎稲荷はそこに鎮座しています。
今回は平成25年(2013)に新しく完成した歌舞伎座の正面で待ち合わせです。

2013年に竣工した歌舞伎座タワー。
2013年に竣工した歌舞伎座タワー。
宇井野
荻窪さん、歌舞伎座で歌舞伎を観たことあります?
荻窪
むかし、一度だけあります。もう20年くらい前だと思います。友達に連れられて一日中歌舞伎を堪能しました。劇場の建て替え前ですね。新しくなってからはまだです。
宇井野
そのとき、お稲荷さんがあるのに気づきました?
荻窪
え。あるんですか? まったく知りませんでした。
宇井野
あるんですよ〜。しかも当時は、劇場の中の、奥の方の出入り口からじゃないとお参り出来なかったんです。
荻窪
観劇の人しかお参りできなかったのですね
宇井野
それどころか、入館したお客様も、なかなか気づかないような所だったんです。外からもちらりと見える場所でしたから、歌舞伎座の脇の道を歩いていると、お参りされている方を見かけることはあるんですけど、だいたい、大道具さんとか、舞台の関係者の方。それだけに、神秘的なお社だなと思っていました。
荻窪
それで観劇した時にも、まったく気づかなかったのですね。でも、歌舞伎座くらい大きな劇場となると中にお稲荷さんがあっても不思議は無いですよね。興業のたびに無事に千秋楽を迎えられますように、って祈るのはイメージできます。
宇井野
ええ、お稲荷様は芸能の神様としての信仰もありますしね。
荻窪
そういえばさっき「昔は」と言ってましたよね。
宇井野
言いました。ということは。
荻窪
今は劇場に入らなくてもお詣りできるんですか?
宇井野
そうなんです。敷地の中ではあるのですが、劇場の外にお社が移りました。荻窪さんは外から歩いてきたので気づかなかったかもしれませんが、地下鉄利用だったら気づいたかも。東銀座駅から歌舞伎座の地下にある木挽町広場を抜けて地上に出たすぐのところにあるんです。
荻窪
では、地下の木挽町広場から上がってきたという仮定で見てみると。
エスカレーターで地上に上がったときに見える風景。うっすらと祠らしきものが。
エスカレーターで地上に上がったときに見える風景。うっすらと祠らしきものが。
荻窪
おお、気づきづらくはありますが、目の前ですね。
歌舞伎座稲荷。奥にエスカレーターの出口が見える。
歌舞伎座稲荷。奥にエスカレーターの出口が見える。
宇井野
今でも興行の初日、千秋楽といった大切な日などご祈祷が上がるそうです。日頃から熱心にお詣りされる役者さんもいらっしゃるんですって。
荻窪
見ていると、通りすがりに手を合わせる方、何人もいらっしゃいますね。
宇井野
そういえば、どうして歌舞伎座は銀座にあるのでしょう?
荻窪
気になって調べたことあるんです。歌舞伎座だけがぽつんとある理由。このあたりは、江戸時代は木挽町(こびきちょう)といって、江戸城建築の際に木挽き職人が多く住んでいたからといわれてます。そこに、1644年に山村座ができ、いくつかの芝居小屋が建ったのがはじまりです。江戸歌舞伎発祥の地のひとつといわれてます。江戸名所図会にも「木挽町 芝居」として描かれてます。
江戸名所図会(国立国会図書館デジタルコレクションより)より「木挽町芝居」。芝居小屋がびっしり並んでいる。
江戸名所図会(国立国会図書館デジタルコレクションより)より「木挽町芝居」。
芝居小屋がびっしり並んでいる。
宇井野
ここに描かれている川は三十間堀かな。ということはずっとこのあたりで歌舞伎を?
荻窪
そのようです。でも、江戸末期の「江戸切絵図」を見ると、芝居小屋はひとつもないのですよ。
江戸切絵図(国立国会図書館デジタルコレクションより)から、今の歌舞伎座あたり。
江戸切絵図(国立国会図書館デジタルコレクションより)から、今の歌舞伎座あたり。
宇井野
ん?どういうことですか?
荻窪
実は幕府が財政的にヤバくなった時期、かの天保の改革で贅沢が禁止され、芝居小屋も浅草の猿楽町に集められてしまったのです。江戸切絵図はそのあとに作られているので、浅草の地図を見ると芝居小屋が並んでるのがわかります。
浅草寺の裏手あたりの猿楽町。赤く囲った中に中村座、市村座、川原崎座など、芝居小屋が集まっている。
浅草寺の裏手あたりの猿楽町。
赤く囲った中に中村座、市村座、川原崎座など、芝居小屋が集まっている。
宇井野
平成中村座はあの辺りが所縁の土地、ということで始まりましたよね。では木挽町はどうなってしまったのでしょう?
荻窪
一度さびれてしまったようです。その場所に明治22年に、あらためて日本一の大劇場を目指して作られたのが歌舞伎座というわけですね。その後、何度か建て替えられ、今の歌舞伎座は第五期となってます。
宇井野
そうそう、荻窪さん、このお札、ご存知ですか?
荻窪
え、突然どうしたんですか? 立派な木のお札ですが。
宇井野
実はこのお札、実際の舞台の床材に御霊入れをしていただいいたものなのですよ。
荻窪
なんと。歌舞伎座の舞台の!
宇井野
コロナ禍があって、2020年は公演が長い間お休みでしたよね。そんな中で、公演をいつも楽しみにしてくださるお客様になんとか喜んでいただけないか、ということで、ちょうど張り替えすることになった舞台の、前の床材に御霊入れをしていただき、お渡しできるようにしたものなんです。大好きなあの役者さんが踏んだ舞台の一部ですよ~しかも稲荷のお札!気持ちが上がるでしょう。
荻窪
それって、歌舞伎座好きの人は欲しいですよね。
宇井野
ですよね、ご安心を。先ほどの地下の木挽町広場と、歌舞伎座の5Fにある楽座に授与所があって、そこでいただけます。それでは、少し、歌舞伎座の中を拝見しましょう。
荻窪
観劇しなくても入れるんですか?
宇井野
木挽町広場と5階の歌舞伎座ギャラリー回廊には一般の人も入れるんです。
歌舞伎町タワー 5Fの「お土産処 楽座」。
歌舞伎町タワー 5Fの「お土産処 楽座」。
荻窪
舞台写真なども売ってるのですね。これは穴場かも。さらに、おお。屋上庭園も良さそう。ここ、歌舞伎座の瓦を使ったファサードとその後ろのビルをつなぐ庭園って感じで面白いですね。
歌舞伎座の屋上庭園。
歌舞伎座の屋上庭園。
宇井野
この庭園から4Fに降りる階段もいいんですよ。歌舞伎の演目「楼門五三桐」にちなんで「五右衛門階段」と名づけられてます。石川五右衛門の有名な科白「絶景かな 絶景かな」ですね。撮影スポットとして人気の場所です。
五右衛門階段を見上げたところ。瓦屋根の上を階段で行き来できる。
五右衛門階段を見上げたところ。瓦屋根の上を階段で行き来できる。
荻窪
階段を降りたら、歴代歌舞伎座の模型があるではないですか。明治22年に建てられた第一期は洋風だったのですね。明治らしいかも。
第一期の歌舞伎座。見た目はすごくモダン(中は和風の三階建てだったそうです)。
第一期の歌舞伎座。見た目はすごくモダン(中は和風の三階建てだったそうです)。
荻窪
我々の世代に馴染みのある第四期はきちんと色も塗られてリアルな模型になってます。
宇井野
あ、荻窪さん、ここを見て下さい。建物の向かって右側の側面。稲荷があります。
第4期歌舞伎座。見慣れた歌舞伎座ですね。
第4期歌舞伎座。見慣れた歌舞伎座ですね。
側面に歌舞伎稲荷が再現されてる。道路からは塀で隠れてみえない位置に。
側面に歌舞伎稲荷が再現されてる。道路からは塀で隠れてみえない位置に。
荻窪
ほんとだ。ここに歌舞伎稲荷があったのですね。ディテールまで再現してくれてうれしい。
宇井野
ぜひお芝居も観て下さいよー。荻窪さんだったら、世話物とかを観ると、江戸時代の風景と繋がって、すごく楽しめるんじゃないかしら。
荻窪
20年ぶりに歌舞伎座ってのもいいかも。今度、わたしに向いた演目を教えてください。