CSR・CSV

リコー

Ginza×CSR・CSV Vol.7 リコー

社会的課題解決と起業成長の両立へ
インド教育支援プログラム

2013.10.21

「銀座×CSR」第7回は、リコーの「インド教育支援プログラム」をご紹介します。社会的課題の解決と企業の成長の両立を目指す「価値創造CSR」。その成功のポイントをお聞きしました。

CSR部門と事業部門の戦略が合致したプログラム

  • ─ インド教育支援プログラムとは、どのような取り組みですか。
  • インド中南部のハイデラバードから、北に2時間ほど離れているメダック県で、20校の学校や教育機関に印刷機を寄贈しています。印刷機を授業に活かせるように、先生向けのトレーニングも行っています。同地区の60校を対象にした教育環境の改善のために、子どもや先生、地域の力を合わせた学校運営組織を構築したり、行政に働きかけたりもしています。2011年からの取り組みです。
  • ─ なぜそのようなプログラムを始めたのですか。
  • 弊社は連結で売上高の約55%、従業員数の約65%と、海外比率が高めです。そのため、CSR部門としては、海外、特に多くの課題を抱える途上国で、次世代育成支援に取り組みたいと考えていました。事業のリソースを活かして社会の課題解決に貢献することも課題でした。
    一方、印刷機の事業部門は、インド市場に注目していました。印刷機の主な顧客は学校ですが、日本の学校には既にほぼ普及しています。それに対してインドは、子どもの数も学校の数も桁違いに多いにもかからず、印刷機が導入されているのは100校に1校程度です。
    つまり、インドという大きなマーケット開拓のために、そこで必要とされる商品ニーズを調査したいという意向が事業部門にはあったのです。
  • ─ CSR部門と事業部門の戦略が合致したのですね。
  • 事業のリソースを活かしながら必要とされる支援を行うためには、CSR部門だけで活動内容を計画するのではなく、社内外の意見を取り入れることが大事です。2010年に、セーブ・ザ・チルドレンを始めとする複数のNGOと国連開発計画(UNDP)、デジタル・デバイドの社会貢献活動を行っていたマイクロソフトとIBM、社内の事業部から数名を集めてグループワークを行いました。
    そこで出た教員支援のアイデアに、事業部門からのニーズをマッチさせた結果、印刷機を寄贈して教育環境の改善に貢献し、なおかつ、マーケティング情報を把握することで、自社の成長にもつなげるプログラムが生まれました。

「自立」を促し教育環境を改善

  • ─ インドの農村部の教育環境は、どのような状況なのですか。
  • 例えば、教室の外で授業を受けている子どもたちが多く見られます。生徒数に対して教室や机、椅子が足りないからです。電気がないので暗い、空調がなく暑くて教室に居られない、といった理由もあります。
    印刷機器がないので、テストの時には、先生が黒板に問題を書き、子供たちは答えをノートに書き、それを破って提出しています。こういった環境では、先生の教える時間が削られてしまいますし、子供たちが勉強にじゅうぶんに集中することもできません。
  • ─ インドは義務教育の普及に力を入れていますね。
  • インド政府は教育のために多額の予算を割いています。「2015年までにすべての子どもが男女の区別なく初等教育の全課程を修了できるようにする」と定めた国連のミレニアム開発目標の達成を目指しています。
    政府は教育環境改善のために「学校運営委員会」というPTAのような組織を設けることを法律で義務付けています。ところが、その仕組みが機能していないために、各学校に予算が下りず、教育環境改善への投資もできないのが現状です。
  • ─ だからこそ、印刷機の寄贈だけでなく、ソフト面の支援が必要となるのですね。
  • セーブ・ザ・チルドレンが現場に入り、先生と地域の代表、保護者代表、子どもの代表を集めて「学校運営委員会」をつくるサポートをしています。定期的に話し合い、学校を改善するための予算を政府に申請することも目指しています。「子どもクラブ」という生徒会のような組織もつくっています。
    インド農村部では、学校を休ませてまで子どもに農作業を手伝わせたり、女の子を学校に行かせずに早婚させたりする家庭が少なくありません。そこで、教育を受けることは子どもの権利であることを地域に啓発する取り組みも行っています。今後は、現在の「協働フェイズ」から、「自立フェイズ」への移行を目指しています。
  • ─ 支援活動が「自立フェイズ」に移行するためには何が必要ですか。
  • 「自分たちの力で、よりよい学校を運営していくのだ」という意識付けが大切です。しかしながら、実際はさまざまな課題があります。印刷機の寄贈後1年は、弊社から消耗品を供給することになっていますが、その後は各学校で予算を取ってもらわなければなりません。
    ところが、他にも優先課題があると、印刷機関連に予算を割くことが難しい。そこで、今年の8月に県政府の義務教育普及機関のトップとお会いして、行政で各学校の予算を取ってもらう約束をいただいてきました。

印刷機の使い方研修を受ける先生

社会課題の解決と自社の成長を両立

  • ─ 貴社が成長戦略の一つとして位置付けている「価値創造CSR」とは、どのようなものですか。
  • 弊社では、事業のリソースを活かした社会課題解決への貢献を強化しようとしています。それは、企業の成長にもつながる取り組みでありたいと考えます。
    企業の成長とは、短期的な利益だけではなく、市場の拡大や新しいマーケティング手法のヒント、商品・サービスのイノベーション、人材育成につながることなどを指しています。社会課題の解決と自社の成長との両立が持続していく。それが私たちの目指す「価値創造CSR」です。
  • ─ インド教育支援プログラムで、自社の成長につながる点はありましたか。
  • プログラム開始当初、紙はどこでも買えると思っていましたが、実際には先生が紙を調達できる店が近くにはあまりないことが分かりました。そこで、印刷機と紙のパッケージ提供という現地のニーズに気付いたのです。また、学校に寄贈した印刷機の中にネズミが入って、ケーブルを噛み切られてしまったことがありました。その後、ファスナー付きのカバーを取り付けることで、より商品が使いやすい環境を提供することができました。
    このように、農村という潜在的な市場で得られた、どのような商品や販売方法が求められるのかといったマーケティング情報は、今後の事業の成長に活かせると思います。

自分の仕事を社会に活かす

  • ─ 他社では、CSR活動で社員の共感や協力を得ることに苦慮されているケースもありますが。
  • 弊社では、新興国市場として、インドに興味を持つ社員が増えています。「インドといえば、このプログラム」ということで、社内で少しずつ注目してもらえるようになっています。
    例えば、このプログラムをきっかけに、プロジェクター部門の社員が、インドの学校の授業でプロジェクターを使ったらどのような価値が提供できるかを調査に行き、社内向けに報告会を行ったこともあります。そして、その報告会を聞いた社員が、自分の部門では何ができるかを考えるようになる。プロジェクター部門との協働も本格的に始まり、今後も、CSRと連携するアプローチが徐々に社内に波及していくのではないかと考えています。
  • ─ 「価値創造CSR」を成功させるポイントは何ですか。
  • まず、CSR部門が主導してはうまくいきません。たとえ社会貢献として価値があっても、社員が日々立ち向かっている仕事とつながりが見えなければ、社員にとって「自分ごと」にならず、うまくいかなくなってしまいます。商品事業部やマーケティング事業部と足並みを合わせていくことが大事です。現地に赴くのも、CSR担当者よりも、事業部の社員のほうが良いかもしれません。現地に貢献できるアイデアを発見して、商品に反映しやすいですから。
  • ─ 「CSR」を「CSR部門の業務」にしないことですね。
  • 「自社の社会貢献活動」となると、興味がある人は限られてしまいます。協力してほしくても、手を挙げてくれる人は少ないでしょう。しかしながら、「自分の仕事が社会に役立つ」のであれば、多くの人が喜びを感じるはずです。
    それは、自分の仕事がどれだけ社会に役立っているかを実感できる機会が、通常業務の中では少ないからではないでしょうか。大企業では特にそうでしょう。
    日本のような先進国では、お客様のニーズは満たされつつあります。たとえば、1分間の印刷枚数を増やす技術開発が果たしてどれだけのお客様に喜んでいただけるものなのか、それを実感することは難しいものです。
    自分の日々の仕事を通じて、社会課題の解決に貢献できる。だからこそ、自社へのロイヤリティーも高まり、仕事に対するモチベーションも上がる。それがまた課題解決にもつながっていく。この良いサイクルをつくれるかどうかが、「価値創造CSR」のポイントではないでしょうか。

株式会社リコー CSR・環境推進本部 企画室

赤堀 久美子

大学卒業後、株式会社リコーにてデジタルカメラの海外販売業務に従事。
2003年、特定非営利活動法人ジェンに転職。イラクに駐在し学校修復事業に携わった後、東京本部事務局にて、主にイラク、アフガニスタンの復興支援などを担当。2008年、再度リコーに入社し、現在は主にBOPビジネスや事業と連携した途上国での社会貢献プログラムの企画・実施を担当している。

インタビュアー

杉山 香林

株式会社オルタナ コンサルタント 外資系IT企業や広告代理店、PR会社で、マーケティング・コミュニケーション、および事業戦略、新規事業開発に従事。2008年に独立、社会的課題解決に向けた啓蒙プロジェクトや、企業とNPOの協働支援、CSR活動のコンサルテイング、実務推進サポートを行っている。

取材・文:杉山香林  企画・編集:株式会社オルタナ

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