CSR・CSV

銀座夏野

Ginza×CSR・CSV Vol.35 銀座夏野

箸とともにある豊かな暮らし、未来につなげて

2020.01.01

「銀座×CSR・CSV」第35回で紹介させていただくのは、2500種類の箸と1000種類以上の箸置きを取り揃えている箸の専門店「銀座夏野」です。1999年に銀座に創業した同社は、箸にまつわる生活文化の豊かさにも光をあて、さまざまな商品の展開を行っています。今回は銀座夏野の高橋隆太社長に思いを伺いました。

「たかが箸、されど箸」 全国を廻り感じ伝えた箸の価値

  • ─ 銀座唯一のお箸の専門店というと老舗のイメージがありますが、創業は1999年と比較的最近なのですね。お店を始めるきっかけは何だったのでしょうか。
  • 家族が伝統工芸好きで、僕も高校時代には陶芸家になってみたいなと思っていたりしました。結局、IT企業に勤めていたのですが、手触りや感触、匂いがあるような、五感を刺激する仕事をしたいとずっと思っていました。

    それで僕が仕事を辞めるタイミングで家族会議をして、日本の伝統文化に寄与するようなもので、他の人がやっていない商売をできないかと考え、箸にたどり着きました。銀座は父親の憧れのまちだったのです。
  • ─ 箸は日本人の日常に欠かせないものですが、専門店がなかったのというのは意外です。
  • 「たかが箸」と思っている方はすごく多いと思います。今は百均でも買えますし、単なる道具として見たらそういうものかなと思うのですが、我々は「されど箸」と思っているのです。

    使っているうちに「箸ってやっぱりいいな」と気づいていただけるような作品を見出し、届けていきたいと考えました。

    箸は漆塗りのものが多いので、全国の漆器産地を中心に各地を行脚して職人さんと出会い、一生懸命商品開発を重ねてきました。今は2500種類ほどのお箸がありますが、当初はがんばって集めても400-500種類くらいで、1000円でも高いと言われてきました。

    それでもいい箸をつくり、その価値を知って使ってもらいたいと、ひたすら取り組んできました。

    最初の頃は「箸なんかでビジネスになるのか」と散々言われましたよ。「たかが箸」だと思われているのだと痛感しましたね。だからこそ、いい箸をつくっていこうという思いを強くしました。職人の協力もあり、うちの店も努力したことで、業界全体としても商品価値の高いものが流通するようになりました。
ものづくり好きの高橋社長。自身も自社工場で木屑にまみれながら商品開発に携わる

ものづくり好きの高橋社長。
自身も自社工場で木屑にまみれながら商品開発に携わる

銀座夏野 銀座本店

銀座夏野 銀座本店

店内の壁には様々なお箸が並ぶ

店内の壁には様々なお箸が並ぶ

豊かさとは何か、問い続ける存在に

  • ─ 箸を伝える書籍も出版されていますね。
  • そうですね。僕が師匠と仰ぐ、今は亡き山田政義さんという職人さんがいるのですが、『自分の箸と出会うため -おはしのおはなし』(WAVE出版)は山田さんへの尊敬の念を表現したものとも言えます。

    木を伐り倒して丸太をつくるところから全部一人でやれる、本当に人間国宝のような方でしたね。家にも泊めてもらっていろいろ教えてもらいましたが、こういう人は二度と現れないのではないかと思っています。

    山田さんの箸は、正直曖昧で、形にもばらつきがあったりします。そういったものは画一的なものを要求される今の商業的規定には合わないのですが、クラフト的な感覚からすると手作り感があってとてもいいんですよね。それに使いやすい。
箸職人・山田政義さんによる作品

箸職人・山田政義さんによる作品

  • うちは漆器も扱っているのですが、箸も漆器もいいものだから売れるというわけではありません。漆器は高いと皆さんおっしゃいますが、とても丈夫で、塗りなおせば百年でも使えます。実際はかなりエコロジーなのですよね。
高橋さん愛用の漆のお椀

高橋さん愛用の漆のお椀

漆のお椀は20年ほど使っている。「愛着があって傷がついてもそのまま使っている。次の世代になったら塗り直して使うといいんじゃないかな」

漆のお椀は20年ほど使っている。「愛着があって傷がついてもそのまま使っている。次の世代になったら塗り直して使うといいんじゃないかな」

  • 日本人って、食器が自分に帰属していると感じるちょっと不思議な民族です。家族の中で、これは誰のお箸、お茶碗というのが決まってますよね。それって世界的にも珍しい。

    それに、日本の食器文化ってすごいのです。先ず、形が豊富。装飾も豊富ですし、これだけ全国に産地もあって、相当レベルが高いのです。

    ところが今は、家庭のご飯がどんどん脆弱になっています。外食産業が充実していますし、家での食事の時間があまり取れていない。僕は、人が豊かに生きていくためには、家庭での食生活の影響がとても大きいと思うのです。特別いい食材でなくても、手間暇かけて準備しているものは美味しい。

    箸づくりの職人さんのところに行って、そこのおかみさんがつくってくれた食べ物って、本当にうまい。「こんなのその辺のものでつくったのよ」なんて言うんですけどね。

    食生活次第で人生の豊かさは変わりますし、食器は家庭での食を楽しく豊かにするためにあると思います。特に子どもへの影響は大きいです。

    こども箸・和食器専門店「小夏」では、名入れの食器を提供していますが、「あなたのものだよ」ということを伝え、ものを大事にするきっかけにしてほしいという思いもあります。

歩いて過ごすまち銀座の時とともに

  • ─ 銀座への想いを改めてお聞かせください。
  • 「銀ブラ」という言葉に集約されているように、銀座はぶらぶらと歩きまわることのできるまちですよね。

    碁盤の目のように道が走っていて、それぞれの通りや路地には専門店や商店がたくさんあってどれも個性がある。長く続いている店というのは、実際に足を運んだり商品を使ってみたりすると、続いている理由がよく分かります。

    僕は100年続く箸屋をつくりたいと思っています。老舗と呼ばれる店のほとんどは、食べものにまつわる商いをしているのですよね。和菓子や酒造メーカーですとか。

    食文化は、大事だからこそ残ると思うのです。日本人が箸を使わなくなることはないでしょう。

    一方で、漆の器のような古くからあるいいものはなかなか売れなくなってきているのも事実です。愛着を持って長く使うというのは素敵な行為のはずですし、箸や器はこれからの社会に大事なものを教えてくれるひとつの道具がします。そういったものを、この銀座から長く伝えていきたいです。
高橋 隆太
銀座夏野 社長

高橋 隆太

1973年東京都生まれ。箸専門店「銀座夏野」(1999年5月)、子供和食器専門店「小夏」(2003年6月)を開店。茨城県笠間市「回廊ギャラリー門」代表。お箸から始まる“塗りの文化”=日本文化を広めようと、活動中。青山にある箸専門店「夏野」は、海外からのお客様も多い有名店。著書に『究極のお箸』(三省堂)、『自分の箸と出会うため -おはしのおはなし』(WAVE出版)
今井 麻希子
ライター

今井 麻希子

株式会社オルタナ
外資系IT企業等に勤務の後、2010年に名古屋で開催された生物多様性条約締約国会議(COP10)にNGOの立場で参加したことを契機に、環境やソーシャルの分野に仕事の軸をシフト。生物多様性やダイバーシティをテーマに、インタビューや編集・執筆、教育プログラムの開発や対話型カウンセリング・セッションを手がける。

取材・文:今井麻希子 / 企画・編集:株式会社オルタナ

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