山口彦之×高嶋ちさ子

2017.05.01

バイオリニストの高嶋ちさ子さんと、銀座人たちの対談シリーズ。高嶋さんにとって銀座は、仕事でもプライベートでも思い入れのある街。そんな高嶋さんがゲストの方に、銀座のあれこれをディープに聞いていただきます。今回のゲストは、空也もなかで有名な老舗和菓子屋「空也」の五代目山口彦之さんです。

夏目漱石も愛した店のもなかは、1日8000個が予約で売り切れる

高嶋さん: 空也の看板商品「空也もなか」といえば、予約をしないとほぼ買えない幻の和菓子ですが、1日何個くらい作られているんですか？
山口さん: およそ8000個です。
高嶋さん: 8000個！？　いやー、結構な数ですけど、それでも幻と言われるほどに手に入れづらいんですね。和菓子作りは銀座にあるお店でされているんですか？
山口さん: はい。お店のある敷地内であんこを炊いて皮に詰めています。銀座で作っていると言うと驚かれますが、はす向かいの「銀座凮月堂」さんや銀座七丁目の「清月堂本店」さんも銀座で作っていらっしゃいますし、意外と“銀座メイド”の和菓子は多いですね。
高嶋さん: そうなんですね。空也さんは明治17年創業とのことですが、歴史や屋号の由来があれば教えてください。
山口さん: 初代はもともと江戸城の畳の仕事をしていたらしいのですが、大政奉還により仕事がなくなってしまったそうです。ちょうどその頃、「関東空也衆」という踊り念仏の集まりに属していたそうで、そのお仲間に日本橋の「榮太樓總本鋪」さんがいらして、いろいろとお手伝いしてくださり、明治17年に上野・池之端に空也を創業しました。屋号は、空也上人のお名前を頂戴しています。その後、東京大空襲で上野が焼けてしまったため、昭和24年に銀座へ移転しました。
高嶋さん: 創業当初から、空也もなかはあったんですか？
山口さん: 戦前のことを知りうる資料はほぼ残ってはいませんが、おそらくあったかと思います。というのも、空也は明治の文豪たちにすごく懇意にしていただいていたようで、空也もなかや空也餅などの名前が彼らの作品の中にちらほらと出てくるのです。夏目漱石の「吾輩は猫である」では、空也餅が茶菓子として出てきます。おかげさまで、「漱石が愛した店」といった切り口の特集などでお店をご紹介いただくこともありますね。

店舗と同じビル内にある作業場。後ろの大釜であんこを練る

もなかであんこを包んでいく

空也もなか

「菓子は売れども貸し売りはせず」をモットーに店頭販売を貫く

高嶋さん: 空也さんには「菓子は売れども貸し売りはせず」という方針があるとお聞きしましたが、それはどういう思いが込められているのでしょう？
山口さん: これは三代目である祖父が言っていたようなのですが、貸し売りというのは、要は売り掛けのことで、結局のところ、うちは商売っ気があまりないのです。空也は、お客様にとっての売り掛け……つまりカード決済はしておらず、現金でのお取引しかしておりません。また、予約についても、前もって電話か店頭でオーダーをしていただき、店頭でのお引渡しのみ。宅急便配送などもしていません。「銀座の真ん中で手作りしたものをその日のうちに売り切る」というスタイルを貫いています。
高嶋さん: いろいろと便利になった今のご時世、そういった昔ながらの商いは素敵ですね。それは5代目にも受け継がれている？
山口さん: そうですね。がっちり儲けてやろう！みたいな気概はあまりないかもしれません。空也もなかも、なかなか手に入りづらいと高級なイメージをもたれている方もいらっしゃるかもしれませんが、現在は、1個103円ですし。
高嶋さん: それは確かに安いですね！　製造方法でのこだわりはありますか？
山口さん: 一子相伝の秘技がある……ということは一切ありません。ただ、「いい材料を丁寧に調理する」。そこに尽きますね。空也では繊細な細工を要するお菓子は作っていません。比較的シンプルで、逆にそのシンプルさが江戸らしいね、と言われるお菓子が多いので、丁寧な手仕事をしっかりすることをとにかく心がけています。だから、作ろうと思えば誰でも作れると思いますよ（笑）。
高嶋さん: いやいや、きっとご本人も気づかないなにかがあるんですよ。ほかにはどのような和菓子を作られているんですか？
山口さん: 生菓子は常に6種類ほど出しています。通年ですと、「空也双紙」というどら焼きのようにあんをサンドして本の形に四角く切ったお菓子がありますし、夏には水ようかん、冬には練り切りなど、季節の生菓子などもありますね。

空也の生菓子

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山口 彦之×高嶋 ちさ子

夏目漱石も愛した店のもなかは、1日8000個が予約で売り切れる

「菓子は売れども貸し売りはせず」をモットーに店頭販売を貫く

山口彦之×高嶋ちさ子