レポート
Report
レクチャーシリーズ
2020.09.17
来たるべき東京オリンピック・パラリンピックに向け、文化の現場の実践者とともに考えるレクチャーシリーズ。初回は吉本光宏氏(ニッセイ基礎研究所)を迎え、2012年に開催されたロンドンオリンピックにおける文化プログラムを事例に、銀座のまちで文化プログラムを開催する意義について、理解を深めました。第2回では、島原万丈氏(LIFULL HOME’S総研所長)と石神夏希氏(ペピン結構設計)をお招きし、都市の魅力を紐解きます。
島原氏は、日本最大級の不動産検索サイトを運営するLIFULL HOME’Sのシンクタンクで「住むこと」をテーマにさまざまな研究・調査を行っています。今回のレクチャーでは、主に2015年に発表した『Sensuous City:官能都市』の調査についてお話しいただきました。
はじめに、20世紀初頭にル・コルビュジェが構想したヴォアザン計画などを参照しながら、合理的なコンセプトに基づくまちづくりが実践されてきたと指摘します。こうした未来都市の構想は、各所の再開発事業にも影響を与え、現在私たちが暮らすまちの基盤になっています。代表的なのは、今や一つの再開発事業のフォーマットになっている、駅前の広いロータリーや高層マンションが立ち並ぶ風景です。島原氏は、さまざまな「住みたい街ランキング」や「住みやすさランキング」で各地を比較しても、対象地域の利便性や知名度などに基づく調査では、偏った指標で都市の魅力をはかりかねないと危惧していました。そこで島原氏は、ノスタルジーや好みではなく、定量化された新しい都市の魅力をはかるものさしの提案に踏み切ります。この調査がのちに、「Sensuous City:官能都市、色気のある都市」と呼ばれる指標につながります。
調査をはじめる際、ヤン・ゲール(デンマークの建築家・都市コンサルタント、1936-)が著書『人間の街』で主張する、都市計画の順序のありかた:人間によるアクティビティが空間や建築の設計に先行するという考え方にインスピレーションをもらったと島原氏は語ります。ここから、「都市に生きている」ということを、第一に、「不特定多数の人々との関係の中に生きること」、そして第二に、「身体を通じて都市を知覚すること」と定義しました。この大きな2つの軸に加え、さらに8つの視点:(1)共同体に帰属意識がある、(2)匿名性がある、(3)ロマンスがある、(4)機会がある、(5)豊かな食文化がある、(6)街を感じられる、(7)自然を感じられる、(8)歩ける、を新たな都市の魅力をはかる要素として、日本国内134の都市を分析し、報告書にまとめました。その結果、2つの軸と8つの視点を最も実現している「官能都市」と評価されたのは東京都文京区でした(銀座のある東京都中央区は40位—調査対象都道府県・市区134件中)。ランキング上位の都市には、個人経営の飲食店とチェーン店舗が並存しており、年齢・職業・収入など多様なライフスタイルが認められる一方で、ランキング下位には郊外のベッドタウンエリアが多く、同質的な生活が特徴とされています。また、地方の観光都市では、豊かな食生活が強みだという結果が出ました。一連の分析手法は居住満足度や幸福実感度の調査と相関し、ジェイン・ジェイコブズ(アメリカのジャーナリスト、1916-2006)の代表作『アメリカ大都市の死と生』で言及されている都市の多様さを表す4原則:1. 住宅・オフィス・商店・飲食店が混在している 2. 古い建物と新しい建物が混在している 3. 入り組んだ小さな路地が多い 4. いつも人通りが絶えることがない、と対応することが分かっており、「官能都市」は都市の新たな価値基準として期待されています。
最後に島原氏は「都市にはもっと官能が必要だ」と述べた上で、海外の「センシュアス・シティ」の実践例を東京・銀座でも応用できるのではないかと主張しました。
劇団「ペピン結構設計」を率いる劇作家としてだけでなく、先の『Sensuous City:官能都市』の調査をはじめに、数々のまちづくりの調査・研究にも携わっている石神夏希氏。多様な領域を跨いで活躍する彼女ならではの仕事術を、過去作品を交えながらレクチャーしていただきました。
石神氏は主に自身の仕事の軸が「色々な土地に滞在し都市やコミュニティを素材とした演劇やアートプロジェクトをつくること」にあると述べた上で、「The CAVE」というアートスペース(横浜市)の運営や、都市・街に関わるリサーチ・執筆・企画の仕事に取り組んでいると話しました。例えば、「まちを子どもたちにひらく」ことをテーマにした《さかさまなかやま》(横浜市、2015)で、子どもたちが日常生活とは無縁なスナックの店長を務めたというエピソードや、「まちの人たちのリアクションを引き出す」ことをテーマにした《花嫁》(横浜市、2013)では、神社で野外展示していた写真作品に地域の方によって供え物がされていたというエピソード、そして「The CAVE」(横浜市)で建築家、不動産事業、元横浜市議会議員といった違う職種のメンバーと協働しながら、地域のアジール(聖域・避難所・無縁所などを指す言葉で、不可侵な場所という意味)として独自の経済を回しているというエピソードは、その土地になかった人間関係を創っていくという点において本レクチャーのキーワードである「場所と物語」に集約されていきます。
「その場所で生きる理由を『物語』と呼んでいて…与えられた環境に対して、積極的に今自分がそこにいる必然性を見つける」ことを私たちは求められているのではないか、と石神氏は語りました。《パラダイス仏生山》(2014-16、高松市)では、4年間の滞在を通して蓄積した住民とのコネクションから、「まちそのものが主役であり語り手であるような演劇」が出来上がったと言います。また、《ギブ・ミー・チョコレート!》(2017、横浜市ほか)では、地域住民が「秘密結社」の一員として街中に潜伏(家や職場、お気に入りの場所など)し、参加者は指示書を元に彼らを探し出し、合言葉やパフォーマンスを仕掛けることによって、秘密結社メンバーからチョコレートと彼ら自身のパーソナルな物語を手に入れるという設定が、住民と観客の互いにとって多層的なコミュニティを意識させ、多声的(ポリフォニック)にまちを切り取ることにつながったと振り返っています。石神氏はアートプロジェクトを「都市やコミュニティに介入するソーシャルエンジニアリングみたいな、工学的なもの」と分析しながら、地域の課題解決に自身が他業種と協働することで「関係性、お金ではないソーシャルキャピタル、信頼や関係性にアプローチすることができる」と考えています。
2015年には、石神氏はNPO法人「場所と物語」を設立し、アーツカウンシル東京との共催事業《TOKYO STAY》をスタートさせました。各地の「場所と物語」を紡ぐ中で「何度も違う人によって語り直される、それによって変わっていくことが生きた物語に必要だと思っている」と言います。今回のレクチャーを前に、小坂敬(小松ストアー社長)著『銀座に生きて』を読んだという石神氏。「銀座っていい意味で色んな人に知られている街で、そのイメージも大きなものとして皆に共有されている。が、それはなかなか自分のものとして引き取りづらい。もっと色んな「銀座で生きる理由」というものを知りたい」という言葉で講義を締めくくられました。
銀座は古くから栄えてきた街で、老舗が多く軒を連ねています。もちろん、全銀座会のように、各商店の旦那衆にはコネクションも残っています。一方で、「銀座で働く人、銀座に住む人、銀座を訪れる人、といったように多層的なコミュニティが存在している」(参加者コメントより)中で、各層の交流の機会が少ないのは確かです。
島原氏は、こうした銀座のまちの特徴から、大型デベロッパーの志向する都市開発を参考にするより、一人のビルオーナーができる範囲から文化プログラムを始めてみることが効果的なのではないかと指摘します。「面白いからやってみましょう」が通用する空気は、細かな意思決定ができる銀座ならではの強みだとも述べています。石神氏も、これに同調します。特にとある地方都市の商店街でアートプロジェクトを行った際のエピソードから、機能的な合理性よりジンクスが優先される感覚が根強く残っていたところに意味があるのではないかと振り返りました。というのも昔から火事の多いその商店街では、いくつかの老舗ビルの屋上にお稲荷さんが祀られており、毎年「鞴(ふいご)祭り」が行われるなど、火除けの神として大切にされています。かつて起こった大火は、道を挟んだお稲荷さん同士の喧嘩が原因だとまことしやかに言い伝えられているほど。石神氏が拠点としていたビルも、こうした言い伝えを題材にした演劇公演の2週間後に火事に見舞われてしまうハプニングがありました。しかし、そのオーナーが話した「火事に遭った商店はその後栄える」という験担ぎの通り、見事な復活を遂げたと言います。その後、むしろ商店街の人たちとの関係性が深まり、翌年には商店街のより大きな活性化プロジェクトにも携わることになったと話しました。島原氏はこのような「よく分からない場所・いろいろな意味が重なっていて説明しきれない場所」を「都市の余白・隙」と呼びました。これは石神氏のレクチャーの中で触れられた「アジール」と共通する表現です。こうした「都市の余白・隙」あるいは「アジール」と呼ばれる場所こそ、普段はつながりを持たないそれぞれのコミュニティ・コネクションの交差する場所になりうるとお二人は語りました。石神氏は、銀座に住んでいる人の家の様子を記録し、展示するというワークショップを提案しました。
旦那衆を始めとする店主たちが持つ社会関係資本を元に、一人ひとりにとっては些細な出来事を集めると、初めて立体的に「現代の銀座」が立ち上がってくる可能性に触れ、レクチャーは終了しました。
島原万丈(しまはら まんじょう)
LIFULL HOME’S総研 所長
1989年株式会社リクルート入社、株式会社リクルートリサーチ出向配属。以降、クライアント企業のマーケティングリサーチおよびマーケティング戦略のプランニングに携わる。2004年結婚情報誌「ゼクシィ」シリーズのマーケティング担当を経て、2005年よりリクルート住宅総研。2013年3月リクルートを退社、同年7月株式会社ネクストHOME’S総研(現・株式会社LIFULL LIFULL HOME’S総研)所長に就任。ユーザー目線での住宅市場の調査研究と提言活動に従事。
https://www.homes.co.jp/souken/
石神夏希(いしがみ なつき)
劇作家/ペピン結構設計/NPO法人場所と物語 理事長/The CAVE 取締役
「ペピン結構設計」を中心に活動。近年は国内各地や海外に滞在し、都市やコミュニティを素材とした演劇やアートプロジェクトを手がける。『Sensuous City [官能都市]』(HOME’S総研, 2015)等調査研究、NPO法人『場所と物語』代表、遊休不動産を活用したクリエイティブ拠点『The CAVE』設立など、空間や都市にまつわるさまざまなプロジェクトに関わっている。「東アジア文化都市2019豊島」舞台芸術部門事業ディレクター、ADAM(Asia Discovers Asia Meeting) Artist Lab 2019 ゲストキュレーター。
http://natsukiishigami.com/
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