インタビュー

銀座の生態系をひもとくと、懐深さが見えてきた
芹沢高志さん(左)と信藤洋二さん(右)

Amazing Ginza! Talk No.10

銀座の生態系をひもとくと、懐深さが見えてきた

東京・四谷の禅寺での活動を皮切りに、全国各地のアートプロジェクトや領域横断的なフェスティバルに長らく携わってきたアートプロデューサーの芹沢高志さん。十勝、横浜、別府、さいたまでも、地域に根ざした国際現代芸術祭のディレクターとして活躍されてきましたが、意外にも原点は、生態学的都市計画。そんな芹沢さんを、資生堂銀座ビルのウィンドウアートで「銀座生態図 GINZA ASSEMBLAGE MAP」を展開する、資生堂クリエイティブ本部 エグゼクティブクリエイティブディレクターの信藤洋二さんが、銀座7丁目の資生堂銀座ビルにお迎えし、生態系から、アートの作用、銀座の未来について語らいました。

「街」を意識させた銀座の体験

芹沢
さかのぼると、銀座には小学校低学年ぐらいの頃に、おふくろに連れられて時々来ていましたね。親父が有楽町駅前の新聞社に勤めていたので、仕事が終わる頃、親父と待ち合わせて。数寄屋橋交差点の不二家まで来ると、銀座という世界に入ってくゲートみたいでね。ひっそり露店なんかもあって、見たこともないような、電池でくるくる光るヨーヨーを売っていて、ねだる子どもじゃなかったけれど、どうしても欲しくて買ってもらったりしました。銀座は子どもの目からは想像もつかない、ペコちゃんポコちゃんに見送られて入っていく異世界、魔法の国。父親の世界で、ハレの日に行く特別な場所。今思うと、初めて「街」というものを意識した場所ですね。
信藤
僕は上野の東京藝大で学生時代を過ごしたんですが、よく伊東屋に画材を買いに来ていました。先生や先輩が銀座で個展をやると、観に行ってちょっとお酒を飲ませてもらったり。すし屋なんて全然縁遠くて、庶民的なとんかつ屋で飯食ってました (笑) 。自分にとっては、銀座はやはりアートやデザインとのつながりが多かったですね。資生堂のウインドウディスプレイを手掛けておられた造形家の伊藤隆道さんが藝大で講師をされていて都市のデザインや銀座のディスプレイ、パブリック・アートのことを初めて教えてもらいました。伊藤さんの授業で、札幌大通公園のライティングイベントにゼミチームで参加したこともあって、東京で作った作品を北海道までトラックで運んでもらい、現地で組み立てたりしました。
芹沢
ディスプレイで銀座の街を意識するようになったんですね。
信藤
ウィンドウディスプレイの仕事を通じて、ものすごく濃密に銀座を体験しました。もとはパッケージデザイナーで入社したので、机の上で小さな化粧品をデザインすることが本業でしたが、入社2年目ぐらいに、田中寛志さんという、当時資生堂のウィンドウディスプレイを牽引されていた大先輩から「ちょっとディスプレイやってみない?」と初めて声をかけられて。当時のウィンドウディスプレイは、グラフィックでもパッケージでもない第3の領域みたいな感じで、空間のデザインができそうな後輩に先輩が声を掛ける指名制でした。実は入社当初からディスプレイをすごくやりたい気持ちはあったんですが、あまり口に出して言うものでもないと思い、声を掛けられた時、実は伊藤隆道さんに大学で教わっていたと告白して、先生に恥をかかせられないとがんばりました。
芹沢
どんなディスプレイだったんですか?
信藤
初めて任されたのは新橋演舞場の中にある、幅1m50cmくらいのウインドウでした。製品や広告はチームで創っていきますが、ウィンドウディスプレイは、ディレクターが見守ってくれているものの、ほとんど自分一人でやれるんですね。それがすごく勉強にもなる。小さな空間に自分の世界を創り出す初の経験でした。新橋演舞場のような劇場に出入りをしたのも初めてで、ウィンドウディスプレイを通じて、伝統芸能の舞台裏を見ることもできたし、その後、演舞場の緞帳をデザインする機会にも恵まれました。

生態系の「指標生物」は、深みや懐深さのバロメーター

信藤
2020年春、最初の緊急事態宣言が東京に出たときに、銀座の街から人の姿が消え、社員もオフィスに出社しなくなりました。こういう時にウィンドウをどう見せていくか。社内でアイディアを持ち寄ってディスカッションしました。資生堂は美しい色で惹きつけたり造形性のあるデザインを得意としてきましたが、今回のディスプレイは、得意なデザインで表現するよりも、自分たちが学び、学んだ結果を銀座の街の人に提示して、一緒に考えていく場を提供することにしました。そして生まれたのが、このウィンドウアートプロジェクト「銀座の生態からサステナビリティを考える」です。普段街を歩いていても気付きづらい銀座の生態系を、ウィンドウディスプレイの中にアッサンブラージュしました。
芹沢
これはおもしろいね。すごく共感します、こういうの。
信藤
ありがとうございます。このディスプレイを担当してくれた若いディレクターは、1年かけてこのテーマに向きあってくれています。前期(2021年 4月〜8月)は、銀座に生息する植物や生物がテーマの「植物、生き物編」。これは銀座の72街区の地図なんですね。まずは、各区画を手分けしてくまなくフィールドワークして、街路樹の葉や道路に生えている草花を採取したり、鳥や虫などを探して記録したり。その結果を素材に制作した多様なオブジェを集め、ウィンドウアート「銀座生態図」として展示しました
Photo : JUNPEI KATO Production : HAKUTEN CREATIVE
Photo : JUNPEI KATO Production : HAKUTEN CREATIVE
信藤
中期の「大地編」(同9月〜11月)は、植物が根ざす大地がテーマです。銀座にも、アスファルトだけではなく地層があるし、樹木が生えている土も多彩な色味を帯びています。周りの景色も含め、徹底して大地をテーマに生態系を表現しました。街路の煉瓦を紙にトレースしたり、採取した土を展示したり。1つひとつにつながりがないと生態系として意味をなさないので、制作チームは時間をかけて丁寧にリサーチしてくれました。年間を通して一つのテーマの展示をすることで、銀座の生態系を通じてサステイナブルな社会を考えるきっかけになればうれしいです。芹沢さんも、もともと生態学的な研究をされていたんですよね?
芹沢
そうなんですよ。僕は、いまはアートに関わっていますが、もともとエコロジカルプランニングの仕事に携わっていたから、こういうやり方、ものの見方には、ものすごく共感します。これからの時代は、生態系という視点がますます重要になりますよね。ここに展示されている地表とか動植物を見ていると、銀座ってすごくソリッドで人工的な世界だけれど、それがよって立つところは何なのかと考えさせられます。地べた、地面の下って、いったいどうなっているんだろうって。つまりこの展示は「自分たちの生活の基盤」という、忘れてはいけない基礎の基礎にもう一度目を向けようと、われわれに問いを投げかけるアートプロジェクトなんだと、素直に感動しました。
信藤
ありがとうございます。資生堂銀座ビルの建設プロジェクトでクリエイティブディレクターを担当したとき、ウィンドウディスプレイを「ウィンドウアート」と位置づけました。おっしゃっていただいたように、ここではディスプレイを通して街に問いを投げかけるように、資生堂の企業活動をアート作品として紹介したいと考えています。コロナ以前は、季節毎に入れ替えるウィンドウディスプレイの定石に囚われていました。ユニークなウインドウアートもいくつか生まれましたが、コロナで銀座からも人影が無くなり、定石通りにやる意味もなくなってしまいました。誰もいない街でディスプレイをやる必然性とか、徐々に人が戻ってきたときにはちゃんと迎えてくれる何かが必要ではないかとか、あらためて考え直して企画したのがこの「銀座生態図」です。スローペースな今の銀座の街なら、一緒に考えてくれる人にはより深いメッセージを届けることができるし、こういう時にしかできない挑戦だと考えています。これまでは、美しいものを見せなきゃいけないとか、驚きを与えなきゃいけないということに囚われていたのかもしれません。「問いを投げかける」場所として、銀座ほど公共性が高くやりがいの感じる地域はありません。
芹沢
そうですね。今の時代は専門分化で、どんどん奥に入って極めようとするから、「木を見て森を見ず」的なことが致し方なく進んでいます。生態系という一言で置き換えていいかは、よく考えてみる必要はあるけれど、ものごとのシステムというのは、一つひとつの個別の話だけでは済まなくて、すべてが絡み合って全体をつくり上げている。でも、その姿をあまり実感できなくなっていますよね。目先の時間に追われて、効率とか何かの役に立つことばかりが要求されるから。一面的に見たら役に立たないものも、全体の中では均衡や調和を保つ役割を担っているとか、この世界は単一物だけで構成されているのではなくて、いろいろなものが絡み合って動いていると実感できることは、今ものすごく重要な気がします。
芹沢
さらに言えば、先ほど展示を見ながら、「文化の生態系」のことも考えたんです。
信藤
文化の生態系、ですか。
芹沢
蔡國強という友人のアーティストが「文態系」ということをよく言っていました。われわれの社会は、生態系と同じく「文態系」としても見なきゃいけないと。生態系の健全さや多様性を測るための指標生物っているでしょう。土の中にどれくらいミミズやダニがいるかとか、クモの数とか。クモやダニは気持ち悪いとか汚い、何の役に立つのかわからないって言われがちですが、生態系全体の健全さのためにはとても重要です。文化の生態系にも、同じように、それがあるか否かによって、システム全体の深みや懐の深さが見える指標があると思うんですね。それがアートではないでしょうか。今回の展示は、街にとってのアートという存在とも対比できます。枯れ葉や土なんてきれいな展示とはいえないと言う人がいるかもしれないけれど、でも、そういうことではないんですよね、この展示は。銀座のような現代を象徴する街にも、どっこい名も知らない草が生えていて、生き物が生きている。そのことが銀座の街のものすごい奥行きの深さをみせてくれることに、僕はぐっときたんです。それで、街にとってのアートという存在も、生態系の指標生物のような気がしてならなかったんですよね。
信藤
芹沢さんは去年、『感覚の洗濯 in 銀座』というアートプロジェクトを銀座の街なかでディレクションされましたよね。
芹沢
公共の空間に洗濯物を持ち寄って、みんなで洗濯して干すという、アーティスト西尾美也のプロジェクトですね。それだけ聞くと何?っていう話ですが、実際にやってみると、まったく見たこともないような新しい風景がそこに生み出される。でも同時に、なぜわれわれはこの風景を失ってしまったんだろうっていう逆の問いが出てくるんです。この半世紀ぐらいで、日本の社会からなぜ洗濯物を干している風景が消えていったのか。喪失していく風景を通して、もう一度社会を見つめ直してみるんですね。
信藤
何もないところに突然参加者が集まってつくるわけですから、失敗するか成功するかもわからないリスクがあり、石橋をたたいて渡るわれわれ企業とは対極ですね。でも、そういうアートの、「何気ないことを投げ掛けて、何もないようなところの風景を変える」、何もない状況でも問いを生み出してしまう力には、いつも自分たちの想像力を超えた気付きを与えられます。
芹沢
アプローチは全然違っても、デザイン領域が問題を解決してく意識や、社会のニーズや困り事を美しく形にして着地させる仕事も、とても重要だと思います。アーティストは、クライアントもいないのになんでこんなことをやるんだろうって不思議に思うけれど、今みたいに問題があるのかないのかよくわからない、そもそも何が問題なのかもよくわからない時代には、アートの役割はあるんでしょうね。

共有感覚によって生まれる新たな価値と街の魅力

芹沢
新型コロナウイルスのパンデミックは、ものすごいパラダイムシフトで、われわれの姿勢そのものにボディーブローのように効いています。今までの大量生産や、大量に人を呼び込む観光の構造に対しても。例えば、日本の現代アートや芸術祭は、土地の高騰で人が住めなくなったオーバーツーリズムの街でもあるヴェネツィアのビエンナーレを理想として追いかけてきましたが、それも急ブレーキがかかると思う。本当の意味での観光とかアートの果たす役割とか、口で言わなくても、今までのやり方で本当によかったのかとみんな考えているはずです。インターネット環境のことも同様で、ネットショッピングの手軽さは無視できない状況にまで来てしまった。銀座にはすてきなお店がいっぱいあるし、対面の売り買いが重要だと僕は今も思うけれど、だんだんとショールーム、ショーケース的になっていくとも思う。そういう時に、個別のショップだけでは解決できない、全体的な生きた体験が提供できるか否かは、街に懐の深さがあるかどうかで決まるはずです。それを持っているかいないかは、以前より致命的なまでに街に効いてくるはずです。
芹沢
今回のコロナでは、そしてこのウィンドウプロジェクトでも、銀座が本来持っている力をあらためて知ることができたような気がしたんです。人がいない銀座にも実は魅力があったというようなことをね。人工的なものでない素の状態に銀座を戻すことに、銀座がこれから取り組んでみてもいいのではないか。で、高速道路を水路にしちゃったらどうなるかなんてことも想像しました(笑)。
信藤
そういう大胆なことを、どんどん考えていいフェーズに来ていますね。
芹沢
子どもの頃は、都市にも広い空き地があって、誰でも入れる天国みたいなところだったけれど、1964年のオリンピックぐらいから、所有者がはっきりしてだんだんと立ち入り禁止になっていきました。みんなが自由に出入りできる共有地、「コモンズ」の感覚がどんどん失われていった気がします。銀座では、資生堂さんがウィンドウをアーティストに開放したり、ソニーさんが銀座ソニーパークをつくって場を開放したりしてきましたよね。そういうコモンズのセンス、共有感覚をもっと強めたら街の魅力が増すはずです。物理的な場所が難しいなら「精神的な共有地」を前面に打ち出すと、銀座はもっと魅力的になると思います。
信藤
ソニーは、あそこをパークにしちゃった勇気がすばらしいですね。公共性による新しい価値みたいなものが街に生まれているのは確かです。例えばニューヨークのグラマシー・パークも、昔から街の小さな憩いの場として愛されていますよね。
芹沢
世界に向けて日本を発信するときに、銀座は必ず話題になる場所だから、銀座がそういう新しい価値を見せると、かなり影響力を持つと思いますよ。
信藤
新しい価値を提案していく街のディレクターが必要だと思いませんか?銀座にも専任のクリエイティブディレクターを置いたらどうだろうと考えたりするんですよね。もし実現したら、自分も1回チャレンジしてみたいし、いろいろなディレクターが3年単位で銀座をディレクションしてもおもしろいでしょうね。
芹沢
素敵ですねえ。銀座は人材が豊富そうだから、ゆくゆくはそうなっていくかもしれないですね。楽しみだなあ。

(2021年9月27日 資生堂銀座ビルにて)

対談者プロフィール

芹沢高志(せりざわ・たかし)

芹沢高志(せりざわ・たかし)
P3 art and environment 統括ディレクター、アートプロデューサー、都市・地域計画家

1951 年生まれ。神戸大学理学部数学科、横浜国立大学工学部建築学科卒業後、磯辺行久、ハーヴィ・シャピロが設立したシンクタンク(株)リジオナル・プランニング・チームで生態学的土地利用計画の研究に従事。その後、東京・四谷の禅寺、東長寺の新伽藍建設計画に参加したことから、89年にP3 art and environmentを開設。99年までは東長寺境内地下の講堂をベースに、その後は場所を特定せずに、さまざまなアートや環境関係プロジェクトを展開。

信藤洋二(のぶとう・ようじ)

信藤洋二(のぶとう・ようじ)
株式会社資生堂 クリエイティブ本部 エグゼクティブ・クリエイティブディレクター

1992年東京藝術大学デザイン科修士課程修了、同年資生堂入社。96年~2000年SHISEIDO COSMETICS AMERICA勤務。18年より同社クリエイティブ本部ECD。プロダクト、スペース、CI、VIなどSHISEIDOのコーポレートやブランドに関するデザイン領域を手掛ける。13年落成の「資生堂銀座ビル」のクリエイティブディレクター。多摩美術大学生産デザイン学科非常勤講師、日本パッケージデザイン協会理事。
※社名および役職名は対談当時のものです。

  • 撮影 : 鈴木穣蔵
  • 構成・文 : 若林朋子
  • 企画・調整 : 永井真未(全銀座会G2020)、森 隆一郎(全銀座会G2020アドバイザー、合同会社渚と)
  • 会場協力 : 資生堂 銀座オフィス