Ginza×銀ぶら百年 Vol.23
銀ぶら百年 ~イズミ式銀座街並細見~
シャツのナカヤの魂を受け継いだジム
銀座通りの5丁目東側、ギンザコアビルを通りすぎて、次のみゆき通りとの交差点の手前に銀座ナカヤビルというのがあるけれど、ここはひところまでシャツ(とくにオーダーメード)の老舗・ナカヤ(中屋シャツ店)が店を開いていた場所だ。
ちなみに、インターネットにいまも残るナカヤのHPにはシャツ店の創業・明治39年(1906年)とあり、「糸屋として江戸時代から営んできた中屋は一時中断していましたがシャツ屋として再開した」と、添え書きされている。
明治39年創業時の店内
大正14年、大雪の日に
この「中断して」いた時期についての興味深いエピソードが、同じHPの<銀座歴史散歩地図(草思社)について>というコラムに書かれていた。銀座の古地図を集めたこの本に掲載された明治35年の商店地図に表示されている‶志る古商・初音″というのが、ナカヤの前身なのだという。
甘味の‶しるこ″と糸やシャツというのはちょっと結びつかないけれど、確かにこの「初音」はナカヤと同じ場所にあり、「金子忠吉」と金子姓の店主とおぼしき名が記されている。寺田寅彦の随筆『銀座アルプス』でも好評されている、上物のしるこ屋だったようだ。
シャツのナカヤは昭和の時代に入るころからは、既製品の少ないLサイズ、キングサイズの店として知られるようになっていった。手元にある『東京風物名物誌』の解説にはこんな記述がある。
「特に特大サイズのファットマンシャツで名高い。前田山、出羽海等々巨人連皆ナカヤ党。」
この本は昭和20年代後半の刊行だから、前田山は破天荒な素行でも知られた高砂部屋の前田山英五郎。相撲を休場してこっそり日米野球を観戦していたのがバレて引退に追いこまれた……なんて逸話をもつアメリカ好きの力士だったというから、シャツもアイビースタイルなんかにこだわっていたのかもしれない。80年代のころ、小錦がここでシャツをオーダーしていたというが、前田山の高砂親方は高見山を皮切りに外国人力士のスカウトの先鞭を付けた人でもある。
昭和36年の看板にはキングサイズの文字が
「銀座百点」の2003年9月号、「プロを極める」という連載ページに、小錦のワイシャツをつくっていたというナカヤの名職人・山本訅吉氏のことが載っている。昭和11年の生まれで、中学卒業後、愛知から上京してナカヤでシャツ職人一筋に働いてきたという人物、通常の裁ちバサミではなく、包丁を使って行う〝カッター″の仕事の一部始終が語られている。
「鋏は生地を重ねて切っていくと、必ず何ミリかずれが出てしまう。その点、包丁を使うと正確にできます」
「毎日、四~五回研いでいます。包丁なら生地を三十枚重ねてもずれません」
仕事ぶりをナマで眺められなかったのが残念だが、なんだか板前さんの仕事風景が想像されてくる。
「やっぱり、山本さんが引退されたのが、シャツの店を閉める契機といっていいと思います」
と、語るのは、シャツのナカヤとして数えれば4代目主人にあたる金子聡さん。ただし差し出された名刺には<PHYSICAL LAB フィジカルラボ銀座>と刷りこまれている。ナカヤは3年前の2016年7月末日をもって約110年の歴史に幕を閉じ、かわってビルの地下に聡氏が立ちあげた‶トレーニングスタジオ″が誕生した。彼は早稲田大学に通っていた時期からスポーツ医学の分野に興味を抱くようになって、大学のサッカー部やパーソナルトレーニングジムのトレーナーの経験などを積んだあと、理論的なデータに基づいた新しいスタイルのトレーニングジムを開こう、と思いたったのだ。
店の歴史を解説してきた前半とはちょっとトーンが変わるけれど、ここからは当日受けた‶フィジカルドック″の体験記をお届けしよう。
フィジカルラボのHPを開くと、まず<通わなくてもいいトレーニングスタジオ>というコンセプト・コピーが掲げられているが、金子氏のこのスタジオは1回・100分ほどの人間ドックならぬフィジカルドックがすべての基本なのだ。
持参したTシャツと短パン(別に長いトレパンでもいい)に着がえて、撮影モニターがセットされたトレーニングルームに入る。まず、ここで行うのは<InBody>という計測マシンによる体成分の測定。ハンドルを握って測る、ジムなんかでも見かけるハイパーな体重計によるものだが、表出されてきた記録表を眺めると、僕の体型評価は‶隠れ肥満″、総合点数は100点満点中の67点。まぁ喜ぶほどでもなく、ガックリくるほどでもない、シニア世代入り口の平均ってとこだろう。しかしこの評価表、体脂肪率の標準が‶10~20%″のワク(僕は24.8%で‶高″に入っている)というのはけっこう本格アスリートの指標って感じがする。また、部位別筋肉量のデータを見ると、僕は上半身の筋肉が乏しい(脂肪量が高い)なんてことがわかる。
いざ、計測開始
カウンセリングで「最近、腰の調子が……」
いざ、計測開始
そんな身体の構成を踏まえたうえで、実技テストに入った。トレーナーの孫田青年の指導のもと、体幹屈曲(身体を折り曲げて指先を床につける)、体幹伸展(身体を後ろに反らせる)、体幹回旋(腰を左右にひねる)、スクワット(しゃがみのポーズ)、シングルレッグスクワット(片足を支えにしたスクワット)といった基本運動を行って、その姿を撮影。トレーナーによる正しい型との差異が瞬時に判明される。いや、もっともこれは、シロートが一見しても、ちょっと格好がわるいくらいでことの本質はよくわからない。僕の場合、とくにスクワットにおいて「股関節が使われていない」ということが、孫田トレーナーの説明を聞いてよくわかった。
「ヒザの運動に頼りすぎているんですよ」
なるほど、意識してみると、確かにヒザばかり使っている。心もち、お尻に力を入れるようにして、頭の中で「コカンセツ」と唱えながらトライしてみると、徐々に型もよくなってきた。スクワットは通っているジム(これでも週2くらいのペースで行っているのだ)の準備運動としていつも40回くらいやっていたのだが、本来のポイントの股関節にはほとんど効いていなかったのだろう。
コカンセツ、コカンセツ……」とスクワット
続いて、床運動をいくつか。まず、横向きに寝転がって、右手で左足首をつかみ、左手で曲げた右足のももあたりをつかみ、身体をねじるようにしたポーズ。と、これはペンで書くのは簡単だが、その状態は身体のパーツがこんがらかったような、そう、昔プロレス通の友人にふざけてかけられた‶卍(まんじ)固め″をふと思い出した。
数十年ぶりに卍になる
ほかにも何種かの運動を体験したが、その模様を撮影した動画(トレーナーのお手本を含めて)がメールアドレスに送られてきて、これをもとに自宅でおのおのトレーニングを行えばよろしい、ということなのだ。まぁ、実際今後僕がどれほどストイックにここのトレーニングを続けるのかどうかはともかく、少なくとも通いつけのジムでやっていたスクワットはかなり改善された。
ところで、シャツ店時代のナカヤを紹介する「銀座百点」の古い記事を読んでいたら、なんとなくこの「フィジカルラボ」に通じるものを感じた。
「少しでも美しく、スマートに見られたいというのが、すべての人に共通の願いではないでしょうか。なかでも太りすぎの人は、アスレチック・クラブに通ったり、サウナ風呂に入ったり、人知れず努力をしているようです。こうした太りすぎの人たちにとって、自分のサイズにピッタリあった服を探すのも大きな悩みの一つといえましょう。そんな悩みを解決してくれる大判専門の店が『ナカヤ』です。」
太ってしまった身体に合った服、というのと、初めからスタイリッシュな身体をつくりあげる、という後ろ向き、前向きの違いはあるけれど、ジャンルは近い。明治の一時期に店開きしていた‶しるこ屋″よりは納得がいく。シャツのナカヤのオーダーメード精神は、ちょっとベクトルを変えて受け継がれている。
孫田トレーナー・金子社長と。