レポート
Report
レクチャーシリーズ
2020.10.01
2020年の東京オリンピック・パラリンピックにともなう、文化プログラムの創出を銀座で試みるレクチャーシリーズ第3回のゲストは、伏谷博之氏(ORIGINAL Inc.代表取締役 /タイムアウト東京代表)。同社が運営するシティガイド「タイムアウト東京」の取り組みを起点に、今後の銀座のあり方のヒントとなる新しいまちのひらき方について考えます。
講師:伏谷博之(ORIGINAL Inc. 代表取締役/タイムアウト東京代表)
日付:2017年9月21日
場所:common ginza
伏谷氏は、タワーレコード株式会社やナップスタージャパンなど、海外に母体を構えるサービスの国内展開に関わってきました。この経験と、日本政府が押し出していた「クールジャパン:コンテンツ大国+観光立国」を目指すという政策が2009年にタイムアウト東京を設立するきっかけになったと語ります。
そもそもタイムアウトとは、1968年にロンドンでトニー・エリオットによって創刊されたシティガイドです。当時学生運動が世界的に活発だったことを背景に、若者たち自身の手によるコミュニティペーパーが数多く発行されていました。タイムアウトは「ローカルエキスパート=地元の目利き」によるアート・音楽・食をはじめとしたカルチャーの紹介を強みにしています。さらに、年1回程度のアップデートが主流の従来型のシティガイドとは一線を画して、流行をすぐに反映するという媒体の方針も相まって、人気を獲得しました。2012年にはロンドンオリンピック・パラリンピックの公式ガイドも作成するなど、現在では108都市39カ国13言語(2017年当時)にまで拡大し、「地域密着型なのにグローバル」なシティガイドとして定着しています。こうした「グローバルな信用を得ているメディアのネットワークが観光立国をつくるには不可欠だと感じた」と伏谷氏は言います。
伏谷氏がタイムアウト東京を設立した2009年、インバウンドと呼ばれる訪日外国人旅行者の数は年間約700万人でした。前後してリーマンショック、そして東日本大震災という大きな打撃が立て続けに起こり、インバウンドの数は増えるどころか、減少の一途を辿ってしまいます。しかし、3.11では、東京で被災し情報マイノリティになってしまったインバウンド客や日本を旅行中の家族を心配した外国からの英語版ニュースの問い合わせや、海外メディアからの取材が相次ぐなど、「(タイムアウト東京の)僕らがなかなか実感できなかった、こういう役割があったのね、ということに気づかされ…大きな経験になった」と振り返ります。
現在では年間約2500万人(2017年当時)に増えたインバウンドに向けて、マルチリンガルでの発信を続け、東京都の2020年大会招致活動にも協力するなど、各地方自治体や関係省庁とも協働し、日本国内では東京だけでなく、京都や福岡といった主要観光地にも展開しました。会社設立当時は、オンライン事業のみを予定していたとのことですが、ガイドマップをはじめとした紙媒体やLOVE TOKYO AWARDSなどの場を企画し、「(タイムアウトという)ブランドを活用した、いろんなビジネスをその時代に合わせて最適化していく」=brand extensionという考え方のもと、出版社にとどまらない活動をみせています。
「モノ消費からコト消費へ」傾向の強い現代において、日本を訪れる外国人旅行客は「そこでしかできない経験」を強く求めていると伏谷氏は分析しました。タイムアウトでは実際に、「Things to do」形式のシティガイドを制作しています。多くの旅行ガイドでは、カテゴリーごとに店舗の名前や住所をリストアップした内容が主流ですが、タイムアウトでは「そこに行ったら何ができるか」というコピーをまず見せることで、旅行者の関心に沿ったルートをデザインし、まちの回遊と探索・発見を促進していると言います。
このようなガイドをつくるには、まず外国人の目線を理解することが必要です。言い換えれば、「外国人の目線で、コンテンツに価値の重み付けをしていくこと」ですが、この時「私たち日本人の歴史的な文脈による価値や地元のしがらみ」をリセットし、超客観的・新鮮な視点で今ある観光資源や魅力を最適化することが求められます。つまり、価値の押し付けになっていないかを今一度確認するべきだということです。ここで伏谷氏は3Dと名付けた要素を使った価値創造を提案します。
(1)Discover:発見
ホストが推したいものではないかもしれないこと・もの
(2)Develop:発展
コンテンツのブラッシュアップをする
(3)Deliver:伝達
もっとも適したメディアを選ぶ・伝える言葉のカスタマイズ
これら3要素をクリティカルに活用していくことで、外国人の目線に近いところから、アプローチできるのではないかと考えています。
また、伏谷氏は「観光」と「ツーリズム」の違いについて、前者がその行動(例えば、お参りをする・買い物をする)だけを指すのに対し、後者はこの観光行動を起点とする新しい市場の形成と持続的な発展という、より大きな意味を持っているのではないかと指摘しました。これからの訪日観光は後者の「ツーリズム」に当てはまると述べた上で、海外からやってくる新しい顧客の誘致だけでなく、雇用や産業の形成と維持にどう繋げていくかが問われていると話します。
来たるべきTOKYO2020に向けて、日本政府は成長戦略のひとつに夜間市場の創出を掲げています。ナイトタイム・エコノミーの創出は世界的な流行になっていて、日本でも2016年には、風営法が改正されたり、与党内に議連が設置されたりと、これに期待を寄せる一連の動きが見られました。伏谷氏はこうした先行例にロンドンを挙げます。
ロンドンでは、2012年に開催された夏季五輪・パラリンピックの一環でボリス・ジョンソン市長(当時)が始めて以降、現在でもサディク・カーン市長が継承するかたちで「24 Hour London」という政策を打ち出しています。その結果、約3.7兆円規模の夜間市場が創出され、約72万の仕事を生み出しました。また、市営地下鉄が週末の24時間営業を始めたり(=ナイト・チューブ)、老舗店舗が倒産を免れたりと、市民生活に直結する場面で政策の効果が明らかになっています。
特に機能しているのは「Night Czar=ナイト・シーザー」という新設ポストです。初代にはエイミー・ラメが就任しました。ナイトカルチャーに理解のある人物がこのポストを担うことで、ライフスタイルの多様化を担保し、世界的な都市間競争になりつつあるビジター需要を獲得できたと伏谷氏は語ります。
東京でこの事例を参考にする時、「風営法改正によって夜のエンターテインメントが一気に花開くと思いきや、実はそれ以前に日本人の若者が夜に出歩かなくなってしまったんです。もともと深夜イベントをやろうと言っていた人たちも、今は様子見をしている状態。…外国人旅行者を呼び込もうとクラブなどが頑張っているのが現状」とした上で、ロンドンのように多様な生態系を維持し、「世界で戦えるユニークさ」を得るには、「夜の経済をエンタメ界に限定せず、より幅広い範囲で捉え直す必要がある」と言います。
伏谷氏は、今後ますます「東京をひらく」ことがキーになるのではないかと主張します。「東京をひらく」とは「すべての人が楽しめる都市、東京=OPEN TOKYO」を実現することです。人種や障がいの有無、LGBTQ、あるいは子ども・高齢者といったあらゆるバリアを取り払い、「社会の課題を先駆けて解決できる」姿は「未来社会のショーケース」として、2020年に東京を訪れた外国人観光客に印象付けられるだろう、と伏谷氏は語ります。具体的な「東京をひらく」ための10のアクションは、以下の通りです。
(1)会話を楽しむ
(2)自分の態度を省みる
(3)視点を変えてまちに出る
(4)デザインの力を活用する
(5)言語の壁を越える
(6)偏見を克服する
(7)パラリンピックの準備を始める
(8)境界をなくす
(9)子どもたちにチャンスを与える
(10)すべての人の食を敬う
なお、レクチャー受講者とのディスカッションでは、「オープンな銀座」をテーマに意見が交わされました。特にナイトタイム・エコノミーについては、肯定的・否定的な意見のどちらもが出され、「銀座らしさ」の象徴としてのオーセンティックバーや、反対にモーニングライフの可能性について言及されました。伏谷氏は「銀座をひらくには…小さく種を蒔いて、様子を見て、『これちょっと増やそうよ』といった…トライアンドエラーを繰り返すことが大事なのではないか」と述べ、レクチャーを結びました。
伏谷博之(ふしたに ひろゆき)
ORIGINAL Inc. 代表取締役/タイムアウト東京代表
島根県生まれ。関西外国語大学卒。大学在学中にタワーレコード株式会社に入社。2005年 代表取締役社長に就任。 同年ナップスタージャパン株式会社を設立し、代表取締役を兼務。タワーレコード最高顧問を経て、2007年 ORIGINAL Inc.を設立し、代表取締役に就任。2009年にはタイムアウト東京を開設。観光庁アドバイザリーボード委員の他、農水省、東京都などの専門委員を多数務める。
https://www.originalinc.jp/
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